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広島地方裁判所 昭和30年(ワ)208号 判決

原告 国

被告 石井善七 外二名

主文

広島地方裁判所昭和二九年(ル)第一七〇号有価証券引渡請求債権差押事件の執行裁判所は、同裁判所が昭和三十年三月三十一日作成した同事件の配当表を、同表記載の配当金額中執行費用を控除した残額からまず原告にその交付要求にかゝる国税債権相当金員を配当するよう調製したうえで、同事件の配当手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。

被告石井善七は、訴外大江証券株式会社(以下「訴外債務者」と略称する)に対する債権額十万四千五百五十五円広島簡易裁判所昭和二十九年(イ)第五四号約束手形金請求事件における和解調書の執行力ある正本にもとずいて、訴外債務者が訴外第三債務者広島証券取引所に対して有する有価証券返還請求権の差押ならびに右有価証券の引渡命令を、昭和二十九年九月七日広島地方裁判所に申請した(同庁昭和二九年(ル)第一七〇号有価証券引渡請求債権差押事件、以下「本件」と略称する)。これに対して、同裁判所は同月八日右有価証券返還請求権の差押ならびに同証券の引渡命令を発し、右各命令は同月十日右訴外債務者と同第三債務者にそれぞれ送達され同裁判所執行吏は右有価証券を五十二万二千五百五十一円で換価してその事情届を昭和三十年二月二十一日と同年三月十日に右裁判所に提出した。これより先に、訴外広島東税務署長は昭和二十九年十二月十八日原告が訴外債務者に対して有する滞納国税二十三万九千六百四十四円(その後内入納税があつたので現在二十万五千二十七円)とこれに対する支払済みまでの法定の利子税、延滞加算税の各債権について、被告向井源一は同年十月二十六日訴外債務者に対する債権額六十六万三千四百十六円広島法務局所属公証人津村幹三作成昭和二十九年第一九四四号公正証書の執行力ある正本にもとずいて、被告藤田操は昭和三十年二月十五日訴外債務者に対する債権額十五万九千二百六十九円広島地方裁判所昭和二十九年(ワ)第八二三号株式返還請求事件の判決の執行力ある正本にもとずいて、それぞれ右裁判所に配当要求(原告は交付要求)の申立をなした。そして、被告石井善七は(一)債権元金十万円(二)昭和二十九年七月一日から同三十年三月十五日までの右元金に対する年六分の割合による遅延損害金四千二百五十円(三)執行費用六百円、原告は(一)昭和二十八年度分源泉所得税一万八千円(納期同年五月二十五日)、六千百九十一円(納期同年七月十日)、加算税一万二千五百円(納期同年七月十日)、一万一千六百円(納期同二十九年一月二十九日)、四千五十円(納期同年三月十一日)(二)昭和二十九年度分源泉所得税九万六千百四十九円(納期同年六月三十日)、二万六十八円(納期同年七月三十一日)、三万七千九百三十二円(納期同年八月二十七日)、一万四千三百六十四円(納期同年四月三十日)、一万千三百七十八円(納期同年五月三十一日)、六千六百十二円(納期同年七月三十一日)、加算税八百円(納期同年三月三十一日)、利子税四万四千九百八十円(納期同年六月二十日)、八千三十円(納期同年六月二十日)、一万一円(納期同年八月二十七日)、延滞加算税八千円(納期同年六月二十日)、四千五百円(納期同年六月二十日)、その他納期同年六月三十日、同年七月三十一日、同年八月二十七日、同年四月三十日、同年五月三十一日、同年七月三十一日の各源泉所得税に対する法定の利子税、なる各計算書を提出した。これに対し右裁判所は、昭和三十年三月三十一日配当金総額五十二万二千五百五十一円の中、七百六十二円を共益執行手続費用として被告石井善七に、配当金額としては、八万九千六百二十六円を同被告に、三十七万三千三百二十五円を被告向井源一に、五万八千八百三十八円を被告藤田操に各配当する旨の配当表を作成した。しかし、原告の交付要求にかかる債権は国税徴収法にもとずく滞納国税債権であるから、前記配当を受けた被告等の本件債権よりも優先して配当を受けるべき性質のものである。したがつて原告は昭和三十年四月四日の配当期日において前記配当表に対して異議を述べたところ、被告向井源一は原告の右異議が正当でない旨を述べ、他の被告等は右期日に不出頭であつたので、同日において原告の右異議は完結しなかつた。よつて原告は本件配当金額から執行費用を控いた残額について、原告の交付要求債権額が被告等の本件各債権に優先して配当されるよう配当表の調製を求めるため、本訴におよんだ。

なお被告等の主張事実はいずれも認めるが、右事実にもとずく被告等の見解はつぎの理由で失当である。まず、被告等の本件各債権が証券取引法第九十七条第四項の規定する債権に該当すること、ならびに右債権が特別の先取特権を有することは被告等主張のとおりと考えるが、原告の訴外債務者に対する本件債権は国税であつて、国税徴収法第二条により同法第三条の例外の場合を除いて他の一切の優先弁済権に先だつものであるから、被告等の右債権が特別の先取特権を有するとしてもなお原告の本件債権がこれに優先するものである。つぎに、被告は証券取引法第百九十五条の適用を本件の場合に主張しているが、同法第九十七条第四項は同規定の債権が特別の先取特権を持つことを宣明したに過ぎず、進んで他の法令その他の優先弁済権との間の優劣までをも規定したものとは解せられないから、右条項は国税徴収法第二条と牴触するものではなく、したがつて本件の場合証券取引法第百九十五条の適用の問題は生じない。又それのみではなく、一般に法律相互間の優劣は憲法に定めのないかぎり相互の法律の関係に対する解釈によつて決められるべきものであるから、特定の法律においてその法律が他に優先する旨を定めても前記解釈を否定する効力は有しないものと考える。したがつて、いずれにせよ本件の場合証券取引法第百九十五条の適用を主張する被告等の立論は誤つている。

被告等各訴訟代理人等は、いずれも、原告の請求は棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁としてつぎのように述べた。

原告の主張事実は全部認めるが、つぎに述べる理由で原告の本訴異議は正当でない。被告等は、証券取引法第九十七条第四項にいう会員である訴外債務者に対して、それぞれ有価証券市場における売買取引を委託し、その結果訴外債務者に対して各々右委託によつて生じた債権を有していた。訴外債務者は右債務の支払方法として被告石井善七に対しては約束手形を振出し交付し、右約束手形金について右被告と訴外債務者との間に成立したのが右被告の本件差押債務名義となつた和解調書である。又その余の被告等のなした本件配当要求の各債務名義は、被告向井源一については訴外債務者との間に作成された前記債権についての公正証書であり、被告藤田操については訴外債務者との間に前記債権について右訴外人にその支払いを命じた判決である。したがつて、被告等の本件配当を受けた各債権は、いずれも証券取引法第九十七条第四項の債権に該当するところ、本件配当金は訴外債務者が訴外第三債務者広島証券取引所に預託した同法同条第二項に規定する会員信認金代用証券の換価金であるから、本件配当金員に対して被告等は同法同条第四項により特別の先取特権を有する。そうすると、原告の本件交付要求債権である国税は一般の先取特権に該当するから、民法第三百二十九条第二項により、本件配当金員について被告等の本件各債権が原告の右債権に優先して配当を受けることは正当である。仮りに右主張が容れられないとすれば、本件の場合配当の優先順位について国税徴収法第二条が証券取引法第九十七条第四項に牴触する場合に該当するから、証券取引法第百九十五条によつて同法第九十七条第四項が国税徴収法第二条に優先することになり、やはり前同様被告等の本件債権を原告に交付要求債権に優先させた本件配当は正当である。

理由

双方の主張事実はいずれも当事者間に争いがない。そして被告等の本件各債権ならびに本件配当金員が各々証券取引法第九十七条第四項所定の債権と会員信認金に該当するものであつて、同項所定の債権が特別の先取特権を有していることは、被告等主張のとおりである。

そこで、本件配当金について国税と証券取引法第九十七条第四項所定の債権とのいずれが優先弁済権を有するかについて考えてみる。まず国税徴収法第二条によると、国税はすべての他の公課および債権に優先するものであつて、右にいう債権のうちには、同法第三条の規定との対比からも優先弁済権を有する債権の一切が含まれるものと考えられる。そうすると、国税債権は債務者の総財産について右のような優先弁済権をもつているという意味では一般の先取特権に該当するとしても、他の優先弁済権を有する債権との弁済の優先順位に関しても同法第二条は前記のとおり法定しているのであるから、被告等の本件債権が特別の先取特権を有していてもそれは結局同条所定の「他の債権」のうちに包含せられることになり、被告等主張の民法第三百二十九条第二項の適用を見る余地はない。もつともこのことは逆に、証券取引法第九十七条第四項の規定の方から考えた場合、同項所定の債権も「他の債権」に先だつて優先弁済権を有する旨を規定しているから、右にいう「他の債権」のうちにも国税債権が含まれないか、そしてもし含まれるとすれば、被告等の主張するように同法第百九十五条の適用の結果、相互に自己の優先権を主張する意味で同法第九十七条第四項の規定に牴触する国税徴収法第二条に、証券取引法第九十七条第四項が優先しないかということが一応問題とされる。しかし、同項は規定の体様からも、原告主張のとおり、右規定の債権が特別の先取特権を有することを宣明したに過ぎないものであつて、進んで他の優先弁済権との関係までをも規定する趣旨ではないものと解せられる。このことは、とくに先取特権の内容を一般的に定義ずけたにとどまる民法第三百三条の規定との対比においても首肯される。又証券取引法第九十七条第四項は国税徴収法第三条のように他の優先弁済権との優先順位についての特別規定(例外規定)を置いてはいない。もし右例外を設けなかつたことが証券取引法第九十七条第四項の債権に対する弁済を他のどのような優先弁済権にも優先させる意味だとすれば、当然そのことを規定の趣旨自体からも明白にした筈である(例えば競売法第十五条、第三十三条第二項等)のに、規定の体様はそのような趣旨を含まない民法第三百三条と全く同一である。又証券取引法が第九十七条第四項を設けた主たる意図は投資者の保護(同法第一条参照)にあると考えられる。そうすると、右の目的達成のためならば、同規定の債権について特別の先取特権を認めたことで充分であつて、証券取引を通じての投資回収の場合にのみ同規定を設けることによつて他の全ての優先弁済権に対し最優位を確保させたものとは到底認められない。以上のような諸理由から、証券取引法第九十七条第四項は、同項所定の債権が特別の先取特権を有する旨の宣明にとゞまり、同項所定の「他の債権者」とは民法第三百三条の場合と同様優先弁済権を有しない債権者を意味するものと解する。したがつて、右にいう「他の債権者」のうちには右規定自体からは国税債権が含まれないことになり、他の優先弁済権を有する債権との優先弁済の順位については、あらためて別途に各法律相互間の関係とか、その点に関する特別の規定(例えば前記民法第三百二十九条、国税徴収法第二条、その他民法第三百三十四条等)とか、各優先弁済権のもつそれぞれの性質等から決められるべき問題となる。そして国税債権と証券取引法第九十七条第四項の債権との優先弁済の順位については前記判断のとおりである。このような意味で、国税徴収法第二条は証券取引法第九十七条第四項と内容的には何等牴触するものではないから、その相互の関係について同法第百九十五条の適用の問題が生ずる余地はない。

以上の次第で、結局本件配当の場合には、原告主張のとおり配当金額から執行費用を控いた残額につき、国税徴収法第二条によつて原告の本件交付要求にかゝわる国税債権が被告等に先んじて弁済(配当)を受けるのが正当と考える。したがつて、右の趣旨と異り、本件配当金員について被告等の本件各債権に優先弁済権を認めた結果原告の交付要求にかゝる債権を本件配当から除外して作成された本件配当表は失当であつて、原告の本件異議は正当である。

よつて原告の請求を認容し、なおこの判決では当事者間の配当金額まで確定することが適当でないと考えるので、本件の執行裁判所に前記判断に沿う配当表の調製と、それにもとずく配当手続を命ずることとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 大賀遼作 牛尾守三 円山雅也)

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